「あーあ暇だなあ…」
鹿目まどかは暇だった。
自らが魔法少女を救う概念となることで、この世の魔法少女を絶望から救うために日々奔走しなければならない。
ほむらと別れ、自分の使命を全うとしようと決意したときにはそう思っていた。
しかし、現実は違った。
魔法少女が絶望するのはその命が尽きるとき、つまりは死ぬ間際である。
よって、魔法少女を救済しようにも、彼女らが死なない限りはまどかの出番は無いのであった。
魔法少女の数が多ければ、仕事は沢山舞い込んでくるはずなのだが、
今現在では存在している魔法少女の数自体が少ないようである。
「いま存在している魔法少女だけでもエネルギーを集めるのには事足りているからね。」
とはほむらとの会話でのインキュベーターの弁である。
彼らは魔法少女を集めるために、当人のどんな願いでも一つだけ叶えてやることを条件に契約をしている。
しかし、その願い事を叶えるにも、膨大なエネルギーを必要とするため安易に魔法少女をスカウトすることは少なくなっていたのである。
せっかく契約をしたとしても、すぐに死なれてしまってはただでさえ少なくなっている宇宙のエネルギーの無駄遣いになってしまう。
願い事による代償と得られるエネルギーの釣り合いに関してかなりシビアな考えを持つようになったといえよう。



しかし、魔法少女の数が少なければ個々の魔法少女の負担も増える。
それは魔獣を担当する人数が減る分、その分だけ命を落とす可能性も増えるということを意味する。
そんな状況の中で今残っている魔法少女たちは相当の力と強運の持ち主達であることは確かである。
ほむらもその中のひとりであった。
「今日も魔獣が一杯。ほむらちゃん大丈夫かなあ」
普段は地上の様子を天上から見るだけで、ほむら自身の様子はあまり見ないことにしている。
そんなことをしなくてもほむらが元気にやっていることは感じられるし、なによりその姿を見ることは辛かったからだ。
しかし、手で触れる、声をかけるなどのコミュニケーションはまったくできない。
そんな状況に耐えかねたとき、たまに地上へ降りほむらの様子を伺ったりする。
そうすることでこの寂しい気持ちを和らげるのであった。
今回は数ヶ月ぶりの地上訪問であった。


瘴気の濃い場所とほむらの現在いる位置からどこで魔獣と闘うのかということを計算し、
魔獣達とほむらが見渡せるところへ移動していた矢先だった。


「お待ちなさい!魔獣共!」


透き通るような、凛々しい声が響いた。



その声は、まどかにとって予想外の声であり、その声色はひどく懐かしく、聞き覚えのあるものであった。
そして、その声に釣られるようにして次々と声が響き渡る。
「悪は絶対に許さない…ジャッロ=イエロー=マミ!」
「く、食い物粗末にするやつも許さない!ロッソ=レッド=キョーコ!」
「……」
「「三人合わせて!マジカルストレーガ!」」「……」
戦隊モノのテーマが背後で流れているかのような登場の仕方をしたのは三名の少女であった。
そのうちの一人はノリノリで、もう一人は少し恥ずかしながらも少し乗り気だったが、
最後の一人はまったくやる気が無いようだった。
そして、これらの言葉はもちろん魔獣に向かって言い放ったのだが、当の魔獣は何の反応も示さない。
感情自体が無いはずなのだから当たり前のことではある。
その声を発していた三人をみて、まどかは驚愕した。
「マ、マミさん!?そして杏子ちゃんも…なんでほむらちゃんと!?」
覚えている限りではほむらとマミ、ほむらと杏子は仲が良いとは言えない、むしろ険悪な仲だったはずである。
過去に、自分が存在していた世界では険悪だったメンバーがこんなことになっているだなんて。
自分がほむらの周りを見てない間にこんなことが起きていただなんて、とある意味感動していたまどかだった。



しかし、その感動を向けられていた当の本人たちは、魔獣のことを放置しながら先程の掛け声について文句を言い合っていた。
その矛先はもちろんほむらであった。
「暁美さん、あれ程掛け声が大事だということを教えたでしょう?あなたはネーロ=ブラック=ホムラだって言ったじゃない」
「ほむらてめーアタシだって言うの恥ずかしいんだからまじめにやれよ!」
「……」
どうでもいいこと(本人たちにとっては重大なことなんだろうが)で言い争っている姿を見て、
ふと、まどかは自分の身体がひどく疼いていることに気付いた。
人と触れ合うという、以前では何気なくほかの人としていたこと。
自分も昔みたいに皆とあんなふうにやり取りしたい。
傍から見たらどうでもいい、なんてことのないやりとりだけでもしたい。
そのことによる身体の疼きであった。
しかし、どうあってもそれらのことさえできない今の自分が酷く悲しかった。
概念が持つとは思えない感情ではあったが、概念である前にただの中学生であった感情が残っているものだから無理も無かった。




723 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 本日のレス 投稿日:2011/08/28(日) 10:20:59.03 qy1GjTaj0


だが、今の自分はもともと自分が望んだ結果のことであり、それに対して後悔なんてしないと思ったのも事実である。
まどかは、ごちゃごちゃする頭の中を無理やりにでも納得させるしかなかった。


「せめて皆と一緒に、この場にいるように思うくらいなら、いいよね。」


まどかは三人の真似をすることで、この場に自分がいるように錯覚させようとしたのであった。
皆の真似をすることで、皆との一体感を少しでも感じ取りたい。
三人にとっては知ったことではないが、まどかはそれだけでも少しばかりは落ち着けるのであろう。
その考えはまさに中学生そのものといっても良いものであった。
そして、皆の真似とは先程の掛け声、そして斬新なポーズをすること。
ここにきて、まどかの自分のお気に入りノートに書いてきた空想が役に立つ時が来たのであり、
今、この場でその空想を爆発させるときが来た。
深呼吸をしながら身体を落ち着かせ、流れるように身体を動かす。


「この世の絶望は、私が無くす!ローザ=ピンク=まどか!」


ジャキーン!という音と背後に爆発が起きるような、そんなポーズを決めながら先程のマミたちの台詞と同様のものを放つ。
戦隊モノのテーマか、もしくは魔法少女モノのテーマかを頭の中で鳴り響かせながら、全力で行うその行為は、
実際やってみると意外な快感を覚えていた。




724 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 本日のレス 投稿日:2011/08/28(日) 10:24:42.27 qy1GjTaj0
そんな感情を覚えている傍らで、目の前の魔獣達はなにやらどよめいていた。
まどかは気付いてはいなかったが、まどかの気迫が魔獣たちに伝わったのである。
まどかから発せられるオーラ、そして変身ポーズとその掛け声から起きる強大な力は、
魔獣たちを神を目の前にした信者と同様のものにし、完全な無防備状態にしたのであった。
その隙をほむら達は逃さなかった。
「…!今がチャンス!喰らえっ!」



「いいこと?暁美さん。次の戦いの時には絶対に私たちに合わせるのよ?」
先程の掛け声にまだ不満を持っていたのか、マミはほむらに説教をする。
チームワークと息を合わせること、気分を高めるための行動の重要性などひどく長々としたものであった。
その気迫はものすごいものであり、そんなマミに対してそばにいる杏子は呆れ果てた顔をしていたが、肝心のほむらは様子が違った。


あの時、魔獣の様子がおかしかったときに感じたあの感覚。
まるで、いつも心の中で想っている人が傍にいてくれていたと思わせるような、
そんな感覚を感じていたのであった。
彼女の声が聞こえるはずもないし、この目で見ることもできていない。
しかし、彼女が傍にいてくれていることだけは信じたかった。


「そこにいるの?まどか」


その視線の先には誰もいなかった。



「やっぱりあの時傍にいてくれていたのね」
魔獣の出現すると予測できそうな場所で、マミたちを待ちながらほむらは喋る。
その相手は紛れもなく、まどか本人であった。
(あの時はこんな普通に喋り合いができるとは思わなかったよ。ホント想像もしてなかった)
その姿を視ることは出来ないが、喋ることだけは何事も無くできる。
それが現在の二人の関係であった。


まどかが、ほむらがマミたちと共闘していることを知ってから数ヶ月の間のことであった。
そのときのことを幾度も思い出しながらいつかみんなと一緒に、と思い続けていた。
そんなあるとき、ほむらにまどかの声が少しながら届くようになったのである。
ほむらにとっては、始めてまどかの声が聞こえてきたときはついに終わりがきたのかと思っていたが、
その声に返答した際のまどかの反応から、様子がおかしいことに気づいた。
それからというものの、まどかの声が徐々に聞こえ始め、普通に会話できるようになるまではそんなに時間はかからなかった。
「これも奇跡のひとつなのかしらね」
こんな簡単に奇跡が起きてたまるか、と思いつつも今起きていることを否定することはできない。
なぜなら、そんな簡単に起きてしまった奇跡でも、ほむらが今までずっと待ち望んでいたことだった。




726 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 本日のレス 投稿日:2011/08/28(日) 10:30:40.31 qy1GjTaj0


(奇跡でもなんでもいい。ほむらちゃんとこうしていられることが出来るだけで私は幸せなんだから)
まどかはほむらとこうして同じ時間を共有できていることが何よりも幸せだった。
概念というもはやほむらや皆とは違う、別の存在になってしまっていることを少しでも否定してくれる。
こうしたなんて事の無い会話の一つ一つも、まどかにとってはかけがえの無いものであった。
そしてこれから先、何十年も何百年も永い間、一緒であろう目の前の人物に対してまどかは言う。


(これからもよろしくね。ほむらちゃん)
それに対して、ほむらも答える。
「ええ、こちらこそよろしくね。まどか。」


遠くからほむらを呼ぶマミと杏子の声が聞こえる。
いつのまにか辺りの瘴気が濃くなっていたことに気付いた。
直に、魔獣が現れる。
今日も、またいつものように魔獣との闘いへ身を投じるほむらにかける言葉は一つであった。


(頑張ってね!ほむらちゃん!)


ほむらはその言葉に対し、微笑むことで返事を返した。



希望を持ち続ければいつかは叶う。
まどかは自分の信じたことに偽りが無かったことを改めて感じたのであった。
そして、これからも同じように信じ続ける。


(あ、そういえばまだほむらちゃんの変身ポーズと掛け声見てみたいないんだけど)
そういいながらまどかはほむらの後へ着いて来る。
そんなまどかへ内心げんなりしながら一言言った。


「…まどかの頼みごとでもあれだけはぜったいにやらないわよ」


                                  ┼ヽ  -|r‐、. レ |
                                   d⌒) ./| _ノ  __ノ
                                  _______
                                  企画・製作 ほむほむ

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最終更新:2011年09月10日 01:45