加藤尚武

320 名前:地震雷火事名無し(新疆ウイグル自治区)[sage] 投稿日:2011/11/17(木) 19:14:13.95 ID:yrjiXe4V0 [3/6]
語る:加藤尚武さん 『災害論』を刊行
毎日新聞 2011年11月17日 東京朝刊
http://mainichi.jp/enta/art/news/20111117ddm014070031000c.html
抜粋
 ◇原発事故は哲学への挑戦
環境倫理学が専門の加藤さんは1996年から5年間、国の原子力委員会専門委員を務めた。
昨年からは日本学術会議の「放射性廃棄物と人間社会小委」で、
主に高レベル放射性廃棄物の処理問題を考えてきた。

 「原発の存続か廃止かを議論する前に、既にある大量の廃棄物をどう処分するかを
決めざるを得ません。膨大な費用がかかるなら存続は無理でしょう。私は、高レベル
放射性廃棄物の放射能が自然と同じ水準まで低下する10万年間のコストを、
実際に支払うかどうかは別にして計算すべきだと主張してきました」

原発事故のリスクに関しては、「確率的安全評価」の手法を問題視し、
これを巧みに論じた原発推進派の米物理学者、H・W・ルイス氏を批判する。

「『低い確率で起こる大きな損害=高い確率で起こる小さな損害』という確率論の
公式通りの考え方を、彼は原発にも当てはめます。原子炉事故対策では
最悪の場合を考えてはならない、とまで言う。しかし、確率は低くても損害が
過度に大きい原発事故のようなケースで、この公式を適用すべきかどうかは別問題です」

(続く)

323 名前:地震雷火事名無し(新疆ウイグル自治区)[sage] 投稿日:2011/11/17(木) 19:16:26.49 ID:yrjiXe4V0 [4/6]
320 続き
ただし、加藤さんは一方的に原発反対を主張するわけではない。

純粋に技術面で考えると、今の日本のレベルでも原発事故が起こらない
可能性はあったと思います。原発のシステムに対しては、もっと合理的な疑問を
たくさん出し、将来像をきちんと検討すべきだというのが私の立場です」

その立場は、テクノ・ファシズムとテクノ・ポピュリズムの対立という見方に
表れている(別稿参照)。原発でいえば推進派と反対派に相当するが、
従来、両者は互いの主張をぶつけながらも議論はかみ合わなかった。
この構図は事故後も変わっていないと見る。

 突きつけられているのは「どちらの間違いも排し、合理的で民主的な判断が
可能な情報システムをどのように作るか」という課題だ。
「原発事故対策では、前提として地震学と原子力工学など異なる専門家の
間の情報を、どう調整するかを考えなければなりません」

■人物略歴
 ◇かとう・ひさたけ
 1937年生まれ。東大哲学科卒。千葉大、京大教授、鳥取環境大学長、
東大特任教授などを歴任。『応用倫理学のすすめ』など著書多数。

324 名前:地震雷火事名無し(新疆ウイグル自治区)[sage] 投稿日:2011/11/17(木) 19:17:28.70 ID:yrjiXe4V0 [5/6]
320,323,324 続き

◇テクノ・ファシズムとテクノ・ポピュリズム
 テクノ・ファシズムは「科学技術の専門家集団が、一定の信念のもとに、
国民的な合意形成を無視して、一定の技術政策を強行すること」を指す言葉。
テクノ・ポピュリズムは「技術情報を公開し、多くの国民が直接参加して決定すれば、
必ず合理的な解決に達する、という主張」を指すもので、いずれも加藤さんが著書で用いている。

 『災害論』では、原子力技術を例に、技術の水準が高くなると専門家が独走する危険、
すなわちテクノ・ファシズムの危険が高くなると述べている。これに対し、テクノ・ポピュリズムは
情報公開を要求するが、こちらは妥当な合意形成の可能性については常に楽観的な態度を取る。
しかし、高度の科学的知見が必要な問題では、「たとえば国民投票で科学的に間違った決定を
下す可能性がある」という。加藤さんは「専門的に見て正しく、なおかつ公平な公共的判断を行う
可能性を切り開くことが、現代社会のもっとも重要な課題である」と指摘している。


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最終更新:2012年12月11日 13:05