●海軍軍人として、駆逐艦に乗船



昭和二十年四月末になり、三か月間の新兵教育もようやく終了することになりました。私達は海軍一等機関兵に進級し正規の海軍軍人としてのスタートを切ることになりました。
その頃から今までのセーラ服の水兵服は廃止され、薄緑色のナッパ服が常用になりました。その後、一等兵達は各自それぞれの配属地に向け出発して行きました。
私は舞鶴市にありました火薬廠内の待機分隊(正式な内令がでるまで一時的に生活する施設)に仮配属になりました。そこでは、舞鶴市より内陸部に入った山間地で約一ヵ月の間、松根油用の松の根っコ堀り作業に従事していました。事実として松根油なるものは出なかったし、そんな物で飛行機など飛ばせるわけはなかったようです。
そんな或る日、「一等兵十名集まれ、」と、言う伝達がありました。私は何かいいことあるんじゃないかと思い、駆けつけてみました。すると、「駆逐艦「槇」乗り組みを命ず。」と、いう命令書を受け取ったのです。駆逐艦「槇」は植物名で三等級の軍艦でした。総重量三千トン、最大速力二十八ノット、広島県の呉軍港に停泊していたのでした。

昭和二十年六月十五日、兵科、機関科の一等兵十名、兵長数名の約十五名の者が電機科の山田兵曹に引率され、舞鶴駅から呉行の夜行列車に乗り込みました。
午後十一時頃、列車は大阪市内に入ったようです。B29による大阪空襲の直後だったようです。市内はかなり燃えている様で、線路周囲は激しく火柱が立って、焼夷弾が爆発していました。そんな中を列車は、着物の裾を分けるようにして進んでいきました。そんな訳で呉軍港到着が大分遅れ、ようやく着いた頃にはまったく夜が明けていました。
呉軍港に着いた時、海軍工廠の赤錆色と、その土地の広大さに度肝を抜かれた思いがしたものです。
私達は大急ぎで「槇」の繋留する波止場に向かいました。

「駆逐艦」槇、の艦長は石塚栄氏(故人)と言う海軍兵学校出の海軍少佐という人でした。
当時のエリートコースは、陸軍は士官学校、海軍は兵学校へ入学することでした。私は田中という一機(一等機関兵の略)と二人前部機械室に配属になりました。当時、海軍の艦船は全部蒸気タービンエンジンでした。駆逐艦「槇」には、左舷と右舷に一本づつスクリュウがあり、第一罐室で蒸気を発生させ、ダクトを通して前部機械室のタービンを廻して左舷のスクリュウに伝達するのです。
前部機械室の次は第二罐室があり、ここで発生させた蒸気は後部機械室のタービンを廻して右舷のスクリュウを回転させる、二本の推進機から成り立っています。
その他、前部機械室には補助機械として空気圧縮ポンプ(魚雷を発射するには圧縮空気を使う)や、ディーゼル発電機などが装備されておりました。
七月になり、艦は作戦のため、出航準備に取りかかりました。

罐室では、水ドラム室の噴燃器に点火されました。重油と水と空気の混合ガスが赤々と勢いよく燃え出しました。蒸気が発生する頃、前部機械室には、「暖機暖管用意」と、伝令より伝達されました。それは、急に熱い蒸気を機械やパイプに通しますと急に膨張して故障の原因になりますので最初少量づつ蒸気を通して機械を暖めることです。前部機械室には、臨戦態勢で総員配置に就いた場合、機関長(海軍機関大尉)を始め、特務下士官(上等兵曹)らも配置に付きます。やがて艦は巡航タービン(補助タービン)を回転させ、海上を滑るように動き出しました。次第に艦は速力を出して走り出したようです。
この場合、私達一等兵はダクトのパッキンに温度計が取り付けてあり、その温度を時間毎に計測するのが仕事です。私には、これが正確にできなくて上官にどやされたものです。艦は瀬戸内海を渡り、目的地の山口県屋代島の大島湾に到着したようです。そこには、既に僚艦の「榧」「竹」の二隻の駆逐艦が入り江に並んで入っていた。

この三隻の駆逐艦で第九十三駆逐隊が組成され、「槇」はその司令艦でした。向かい対岸の陸地には、柳井という町があったのを記憶しています。
三艦はそこで密接して並び、その全上部に縄網を被せ、その上に更に島の山林から切り出した樹木の枝を乗せて艤装をほどこし、アメリカ海兵隊の本土上陸作戦に備えていたものと思われます。
上空から見ると、その部分は全く島の一部としか見えなかったそうです。

艦内では、毎日訓練が行われました。しかし故郷にいる時、新聞や雑誌で宣伝されましたような、月月火水木金金、という日曜日もない訓練行程ではありませんでした。艦の前甲板には魚雷発射管二本、前後甲板に高角砲(対空)二基、両舷に対空機銃が二基づつ装着されていました。
ちなみに「槇」の出力は一万九千馬力だったと記憶しています。一般水兵は艦上において対戦装備を使っての訓練。機関兵は航行を予想しての訓練がつづけられました。「パッキン蒸気良し。」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年01月26日 02:42