私達は誰からともなく、当時の流行歌の替え歌をカラ元気を出して唄ったものです。「さァらばー谷地町よォ、また来るまではァ、しばし別れの涙でうるぅむ
ゥー」。大雪の吹雪く中を汽車は轟々と音を立てながら奥羽本線を新庄に向かって走り、新庄からは陸羽西線を通り、鶴岡駅から羽越本線で一路、舞鶴市に向け走ったものと思います。
私達にとって二度と生きて故郷には帰る事の出来ない死地への旅立ちだと思ったものです。このような若い身分で戦争に駆り出されるなんて考えても見なかった事でした。
故郷の家を出る時、母親に、おっつぁ(父親のこと)にあいさつして行げな。と言われたが私は何も言えなかったことを思いだし、悲しくなっていました。

●舞鶴市の海軍兵舎にて



二月一日の午前十時頃、やっと舞鶴駅に着きました。この地方も今年は大雪で約一尺程積っていました。駅には平海兵団の或る下士官が迎えに来ていました。
平海兵団は、舞鶴市の東舞鶴地区の海岸の入り江に建設された志願兵だけを収容する、にわか造りの兵舎でした。当時、日本には四つの海軍鎮守府がありました。北海道、東北、関東方面は神奈川県横須賀鎮守府。山形県と新潟県など北陸地方は、京都府舞鶴鎮守府。中国、四国地方は広島県の呉鎮守府。九州地方は長崎県の佐世保鎮守府が管轄していました。それで山形県から海軍に入隊する者はすべて舞鶴鎮守府の所属になるわけです。
平海兵団の兵舎は二階造りの三棟が並立しており、奥の一棟が機関科(エンジン部門)の兵舎になっていました。私は、機関科を希望しました。理由として、機械いじりが好きなわけでなし、機関々系の知識など何一つ知りませんでしたが、何となしにそういう事にした訳でした。
私の地区から機関科を希望したのは、吉田五郎君(故人)、渡辺惣四郎君、鈴木勝一郎君と四人だけでした。他に吉田光穂君は一般水兵、菅原修一君だけは主計兵だったようです。
海兵団では先ず総員が出席しての入団式が行われました。その時に海軍大臣以下の人名を分隊全員で合唱するのでした。
海軍大臣、島田繁太郎、海軍大将。平海兵団長、伊藤勇平(仮名)海軍大佐、第五十三分隊長、機関科は外に五十四分隊と二分隊でした。第五十三分隊長、佐橋恒蔵(仮名)海軍機関大尉。
分隊の中には第一教班より第十二教班まであり、一教班二十名の新兵から成っており、各教班には班長(海軍上等兵曹より二等兵曹まで)が一名おりました。私は第八教班に組み入れになり、教班長は岸本三三三一等兵曹でした。

その後、海兵団では新兵達の精密な身体検査が行われました。私はその時、軍医検査官の前に呼び出されました。私の体には左睾丸ヘルニアという軽度の脱腸現しょうがありました。(後年自然完治)私は三人の居並ぶ軍医官の前で褌を外して前部を露出して見せました。
私は一寸恥ずかしい気がしましたが、この事で失格(失兵)するなら大変嬉しいと思ったものです。しかし、私は合格しました。この脱腸についても、子供の頃の遠い記憶があります。
それは、祖母に連れられて白岩町にある、「獅子口神社」へ行った時のことです。脱腸の事実は父母に知られていたけれど当時、私の家ではお金がなくて医者などにはかかれませんでした。それで手術など出来なかったのです。
そこで心配した祖母が神様にお詣りして治そうと考えたのです。白岩までは10キロメートルほどありますが、その当時ですので二人は歩いて行ったものです。
その神社は寒河江川の南岸に古木の繁る、昼でさえ暗い山の中腹にありました。(その神社の境内は山形自動車道のルートになりました。)
神主が祠の中から白い紙に包んだ黒い砂を私の前に置き、その砂の上に左睾丸を軽く押し付けるように指示しました。その砂を白い紙毎祭殿に捧げ、厳かに祝詩を言いました。
その間、祖母と私は頭を深く垂れてうなだれていました。
そんな事があってから何となく症状が軽くなったように感じますので不思議です。祖母は「神様のゴエンがあだたんだべ。」と言って喜んでくれたものです。

●海兵団の新兵教育が始まる


海兵団では、苛酷な新兵教育が始まりました。冬期間の起床は午前六時ではなかったかと思いますが、大方忘れましたので、ある程度はフィクションですのでその様に書きます。
起床もその五分前に、「総員起シ、五分前」という号令が伝わります。すると、新兵は一斉に跳び起き衣服をまとうか早く、寝室に全員が整列し、「軍人勅喩」を斉唱するのです。
一ツ、軍人は忠節を盡くすを本分とすべし。一ツ、軍人は礼儀を正しくすべし。
その外、三ツほどありましたが忘れました。食事は三食共七分搗きの米に丸麦が六割も混入した飯でした。量は家で食べていた頃の約半分でした

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最終更新:2013年01月26日 02:43